unique letter / seui

[Seui]Dear 彩月さん/RAND



RAND clinic / 体験 / 彩月さん / 2020.11.29

◇◇◇

 まず始めに、手の平を見つめてみて下さい。ご自身の手の平です。そして、指をピンと広げるのではなく、全体的に脱力して、穏やかな手にしてみて下さい。そうして手の平を上に向けてみて下さい。自然とどこか器の様な趣がありませんか。もしもそこに何か大切なものをのせた時、それを見つめている眼差しの様な、そんな温かな膨らみの空間をたたえていませんか。

 次に、指先を見つめてみて下さい。そうして、想像してみてください。指先は、タンポポの綿帽子です。もしかしたら、兎の毛で束ねられた筆なのかもしれません。いえ、蚕が繭を解き放つ魅惑の口元なのかもしれません。

◇◇◇

 体を拭き終えて、正装の証を身にまとい、気遣いを腰に巻き付けます。入ります、と声をかけて、返事があり、施術台へと案内されます(RAND clinicは施術台スタイル)。台の前に立ち、さっそく腰に巻きつけたそれを、と、手を差し出されました。上着はもう必要の無いものなのですよ、そういう意味です。そうして台上へ促され、のぼり、うつ伏せへと。

 彩月さんは足元に立っていました。音楽はもう、一人の演奏者によって想いを鍵盤に寄せて触れる様な、そんなピアノの音色に変わっていました。その音色にのせて、横へ歩み寄る足の音は、無。存在の空気だけで、こののち、間も無く、耳から消え失せました。

 パウダーが背骨辺りにほんのりと舞ってきました。肌を晒した瞬間に開く私の体は、一瞬の緊張と同時に刹那的に呼吸が止まり、すかさず全集中で、鼻から息を吐き出し、体を弛緩へと向かわせます。事態を確認したかったのです。それを見透かす様に、ほんのひとつまみ程度でしょうか、音は無く、空気をかすめ、背中の肌は、感触、という、感覚、を、通して響く、図られた、企みに、体を澄ませ、はらり、はらり。背骨の稜線を、その周りを、腰から、ゆっくり、はらり、ゆっくり、はらり、と、首にかけて、近付いてきます。段々と、その響が、大きく、聞こえてくるようで、筋肉は、緊張し、弛緩し、それを、繰り返し、いつも、音は、無。ただ、ただ、その粉の、忍ぶ、足の、歩みに、体を、澄ませ、委ね、緊張しては、呼吸が、止まり、回帰する様に、息を、吐き、緩む。段々と、慣れてくると、呼吸が止まる事はなく、のせてゆく。

 その頃になると、間が空いた。何度か呼吸を繰り返していた。すると、初手。間違いなく、指先。恐らく、一本、中指か、人差し指か。(未熟な私には判断しかねるものであり、これは申し訳ないところなのです。)

 降り注がれたパウダーの厚みがどれくらいのものかなど私は知りません。顕微鏡で拡大すれば恐らく産毛に絡みつき、肌へと到達していない輩も多いのではないでしょうか。そんなものを、あんなイメージの指先で、触れてきました。すみません、逆で、あんな風な指先なのではないかと思えるほどのタッチで、触れてきました。肌へ触れるのではなく、パウダーに触れているのでしょうか。彩月さんの極丁寧な気持ちが、何かの力を伝達するにはあまりにも不向きで柔らか過ぎて不確実にこぼれ落ちそうな素材に変容した指先を通して、しかも肌へ直接的に触れるわけでもなく、マクロレンズ以上のレベルならばようやく確認できるような僅かな肌への連鎖を頼りに、初手、その感動を味わいました。いや、失礼。それはむしろ彼女によって仕組まれたプログラミングの理としての道筋だったはずです。

 改めて、腰から、首へ、ゆっくり、触れ、離れ、ゆっくり、触れ、離れ、近づいてきます。そこに確実なリズムはあるようで、あらぬ素振りを見せるようで、来ると思えば来ない、来ないと油断すれば来る。その内に、指が一本から数本に増えました。ランダムな動きのそれらは改めて背骨の脇を進みクラシックの楽譜のようでもありジャズのように即興的でもあり。その演奏に段々慣れてくるとまた呼吸をのせられるようになり、緊張と弛緩のリズムが整い始めます。が、またもやその慣れを遮るように、突かれたり、指先の腹をぴっとりされたり、つままれたり、そんな類いの矢を、閃光なのか戒めなのか悪戯的に放たれ、脳には傷一つ残さず貫き通す。そうしてまた忍び寄る。そんな風にして、刺激と、安堵が、細い空気みたいなものを身代わりとして、もう、既に、脳へと、断続的に、届いて、いました。

 こんな始まりの演出など経験が無く予想だにしておらずもうこの時点でほとんどの体は緩みの扉への解錠が済まされていました。スナイパーに狙いすまされ落とされてゆくパウダーの無音の色と、それらを確実に不確実に触れて艶を与える色と、意識的に耳を向けると取り込める鍵盤の色、鍼を刺されているかの様な痛烈にも関わらず心地良い色の束、そこにイレギュラーに混ざる呼吸音の色で、私は、文字留(自粛的事由)。

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 品。美。彩月さんの指先が備え持つ魅力。同時に彼女自身も恐らく美意識が高い、と思います。但しそれはほとんど表に出てこない、出していない印象です。そうですよね。でも、どんなにあなたが隠れても、オーラはそれを隠せません。施術でもそれを隠す事などやはり出来ないものなのでしょう。触れ方にそんな品性と美意識が濃縮された指先の動きは、生々しい筋肉の表面をミリの狂いも無く完璧なまでに覆い尽くしている全身肌タイツをいつの間にか着せたまま脱がせていくようで、または、ふうわりと、剥がして浮かせている様な、表面張力のように盛り上がっているようでもあり、コーティングチョコが生チョコに変わってしまったように、もはや指で撫でれば筋肉が顔を出す様な。

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 さて、覚えていますか、冒頭のあの手の平の器のイメージ。今度は大切なものを見つめるような眼差の温度が加えられてきました。触れるというよりも、そんな手の平の内側の空間によってまたもや、ゆっくりと、ゆったりと、温められてゆきました。心地良い温暖なその空間移動はおもむろに停止して、呼吸に合わせるように、ゆったりと、手の平の空間で、ゆったりと、指の付け根を肌に向けて手の平全体が平に近付きあの空間が圧縮された時、私の緩んで溶けて浮かぶ肌の厚みの裏側にその熱が染み込み溶け込み回り込み、あの見つめてる大切なもののための道筋を用意して開き、その器から、大事に、大事に、丁寧に、注意深く、注がれてきているようでした。それがもう、柔らかくて、温かくて。

 お尻や、足にも、ゆっくり、はらり、ゆったり、注がれ。体の複雑な曲線と戯れて、折り返す時や方向転換する時、断崖へ滑り落ちる時や登り始める時、動きはさらに減速してスーパースローカメラ的に静と動の厳密な繋がりをくっきりと確認させながら、確かな想いと狙いを定めつつ、「今度はこちらへ向かいますよ」、そんな意思を確かに伝えて、確かな温もりを保ち、設置面朧げな指先やあの空間が、既成動線へも配慮しつつ自律なんたらは至福へと陥り、一方でランダムに霞めつつ呼吸は混乱に陥り、体中に広がる波紋はリズムとそれを否定する波の繰り返しを波長に変えて、あの部屋の壁以外には聞かれたくない呼吸音で、私は、文字留(自嘲的事由)。

 (まだ)開始段階で、点から面へ移行するこの一連の施術を通す彩月さんの手技において、彼女は私の肌に触れた事など、あったのでしょうか。

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 パウダー。これは体中を隙間なく覆う肌という表皮、筋肉の覆面、それをふうわりと浮かせ、同時に呼吸の散文から脳の意識を高揚させて心の芯に深く響かせつつ、緊張と弛緩を繰り返すことにより導かれる、「メンエスならではの解し」、なのではないかと、初めて考えさせられました。もういつでも、いかなる部位も、深く入り込める状態を作り上げられました。皮膚表面は両手を広げて世界へ膨張し、空気を豊満に含んだスポンジへの変容と同時にいかような形態へも様変われる温かなチョコレートです。触れれば、押せば、揉み込めば、どこにでも入り込める。その準備だったのではないでしょうか。いつでもチョコレートフォンデュして下さってOKでした。

 もしかしたら、こんなメンエスならではの施術は、皆さんの既成概念を覆すのかもしれません。解しとは、かくあるべし、といった、まずほとんどの方が行う最初のアレを。今回の彩月さんのこの入り方は、仮に相性や好みの影響があるにせよ、そこに一石投じて選択肢を増やすものではないかと思いました。なぜなら、メンエスの魅力を解しだからといって隔絶する事無く、並行して戯れながら、その遊び心を表現して下さっていたからです。常々私は大事にしてる事で、先入観は持たず、知識はあくまでも参考として。この点を彩月パウダー開戦によって改めて見つめ直す機会を頂きました。メンエスという世界観だからこそ、人間が本来備えているはずの圧倒的な感覚、感受性に対して、よりポジティブに動物的になり、本能に抗う事なく、素直、になり、体を開くことで、心も開けるはずで、だからこそセラピさんにもその姿勢や気持ちは伝わり、それをセラピさんが受け止めて下さる上で、その方のスタイルを通して、決して1方向ではない双方向の時間になるのではないかと、いつも思っているのです。

 彩月パウダー解し。こういうのって学術的にはどうなのでしょうか。もし何か本当に理にかなうものだとしたら、既存の良くあるパウダー表現などではなく、ちょっと理知的なお堅いものになっても素敵だなぁと思うのです。どなたか何かご存知であれば教えて下さい。いずれにせよ、改めてこのメンエス世界の奥深さに気付かされずにはいられませんでした。

◇◇◇

 メンエスの醍醐味の一つには、性の魅力をポジティブに受け入れて表現するエステ、みたいな側面、が備わっているものではないかと考えているのですが(お店側がどこまでその辺りを公的に表現して良いのか分からないのですけれど)、そんなエステだからこそ起こりうる施術の深さや、感覚にも問いかける施術、が可能なのだと思っていたりします。むしろそこを蔑ろにするべきものではないと考えていますし、そういうならではの特性を生かして、ただ、はらり、ゆっくり、ゆったり、注ぐ、そんな感じで感覚を研ぎ澄まされる中で緩みゆく私の心身は、何を持ってしても得難い幸福な癒しゾーンのみで満たされていったものです。こんな包まれ方、そんなものがこの世に存在してるんだなんて、想像すら出来ていませんでした。まぁ当たり前ですね、初めての事でしたから。こんな幸せ全開だと、心身共に緩みっぱでした。同時に、メンエスって改めてパウダーの色彩の如く、そもそも本質的に、真っ白なんだなぁと。

(まだ始まりの段階なんだよなぁ)

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 パウダーフェザーの微細な感触に合わせて、傍には常に、シルク肌が確かな面積と圧を持ってその感触感覚を伝えてくれていました。「コントラスト」これほど際立つ相反する感覚を同時に味わえる施術など、そう簡単には巡り会えません。たいていパウダーで客が楽しんでいたら、余ってる手やその他の体の部位は疎かにしてるんですよね。こいつこれやっときゃ良いだろう、みたいな気持ちが透けて見えて、なんだかよく分からないサワサワしてて、心の中でとてつもなく興醒めしているものです。勿論たまたまこれまで受けた方々がそうだっただけで、未だ知らない秀逸な方はいらっしゃるだろうと改めて期待し直す事にいたしましたが、ある時期から距離を置いたのも事実で、それを不意に覆されたことがとってもラッキーでした。有難うございます。パウダーしてるのに密着してるのですから。何をどうやってるのか良くわかりませんけれど、恐らく密着はそんなに大きな面積ではないはずで、コントラストが強いからこそ際立つ感動だったのだと思いますし、動く私との擦れ合いやそこから生じる摩擦の受け入れられ方や、優しく押さえ付けられたり誘導される所作や振る舞いの隅々に、品があり過ぎて、その体感温度感触のみならず心の熱伝導率など、わざわざ言うまでもありませんよね。すいません、表現出来ないだけです。

 彩月さんが足元に座る時、足裏ににまたがり、女性ならではの温かさを錯覚なのか彷彿させながら、彼女の膝はズンと重さすら感じるほどに私の股の奥深くに存在させ、ことごとく意識を高められます。傍に立てば、下腕の面で体をスクリーンするように這わせつつ、向こうではパウダーフェザー。彼女は肘を当てたまま回転軸とし上手に下腕の方向転換を行う魅惑的な忍足を持っていました。あの技術ってここまで丁寧に意思を持って施術されるとここまで心身ともに一体となって癒されるのかと改めて感動しました。そんなものは彼女の一側面でしかないのですけれど、そんな風にありとあらゆる体の曲面に、ゆったりと、落ち着きを払いながら、ゆったりと、決して全ての出会いを粗末にせず、丁寧に、行き先を定め、縦横無尽に安定的に、想いを注がれるように、まとわりがまとわれていました。腰上にまたがれば、覆い被さるように耳元まで倒れかかり、何かの膨らみを、ほんのり、伝えながら、時には押し付けながら、その居場所を示してくれます。残念ながら私から訪れる事など出来やしませんけれど、女性が無駄に主張せずに恥じらいをいじらしくされたら困るのが男性のサガ。はぁ。

 マスクの素材感、髪の質感、吐き出される吐息の生温かさに惑わされながら、突如締め付けるように、首元や耳への荒波が襲ってきました。のけぞり生じた胸元あたりに急に回り込ませてくる手の指が捉えてきたものに身が高潮させられた話はこちらをもってして後は控えさせて頂きます。多分。こうした奇襲からの旋律は鍵盤の高音が良く似合いますよね。かと思えば一変して内海の砂浜あたりから沖に引き返す波の様に、ゆっくりと、ゆったりと、静かに後ろ髪引かせるように翻弄されっぱなしで残され去ってゆきます。その全てに、抗えるはずもなく、ただただ身を委ねる私は、何とか呼吸を通してはおりましたが、常に敗北していました。そしてそんな時、向こう岸に連なる両足は、その長さを生かして、忘れていませんよ、みたいに纏わりついているのです。仰向けになった時など、言葉にする事はもはや不可能です。しばしばゼロ距離などと表現されていますけれど、距離がゼロなら何にも無い。距離は1。この1の意味を知る方が、私にとっては優れた素敵なセラピストさんなのです。万物を司るとか噂のある物理的な話では証明し切れない、物理的な距離がこんなにあるのにこんなに近い、なぜなら心も含まれるから(私の場合は物理的距離だけで“こなされる”施術ほど虚無感に襲われるものはないです)。そんなメンエスが素敵だと思うのです。しかるに、この敗北というものは、決して争いなどではありません。お互いの戯れへの、敬意とハグの表現でしかないと思うのです。何言ってるか分からなくなってきています。

 仰向け時の、またがりからのパウダーとか、覆い被されてる時の話とか、胸元やその中心部や、腋とか腕から周りんで、首を顎をこめかみを耳を、はっ、すいません、文字留(だって…的事由)

◇◇◇

 温かいタオルで肩を保温しながら、粉粉をさらってゆきます。しっかりとぬぐう、その圧力を通して、自分の体がどれだけ解され緩められたかを、確かな意識のもと確認できました。彩月パウダー解し恐るべし。2度言った。もっと言いたい。

 改めてうつ伏せになりました。変わらず上品な塊を備えきめ細かく集中した指先から触れてきます。彩月さんのこの触れ始めは本当に尊い。ゆったりと動き始める指先の動きの中で、徐々に指の腹や付け根へと触れる面積を広げ、それに伴い受け取る感覚がグラデーション化して色濃くなり、ついに手の平辺りへと世界が広がるその頃に、指の付け根なのか指先からなのか、温かく熱を帯びたセサミオイルが彼女の手の全てから沸いて溢れ出して私の肌面側にじわっと広がり伸びて、その熱の高まりに呼吸が高揚した瞬間に手の平全体は肉を捉えてきている事に気付くのだけれどその頃にはもう川のように流れ始めさらには手首から肘にかけての後続が指や手の平とは異質のシルクスキン製の滑路を構築して体の各部それぞれへそれらのコントラストをめくるめく伝えながら大きく広く世界観を生み出してゆきました。

 映画には常に主役が存在します。同時に助演もいれば脇役もいる。エキストラだっている。監督がいてカメラマンがいてアシスタントもいる。メンエス施術には他のリラクゼーションと全く異なり、主役だけでは成立しないエンターテイメント性が備わっていて、その特有な世界観をしっかりと認識してスタイリングされるセラピストさんらはやはり素晴らしく感動が残ります。言わずもがな先のパウダーでもそうでしたが、彩月さんにはそのエンターテイメント的スタイリングに余念無く隙も無く、それは全体的には荒ぶる情熱的なもので圧倒するものとは一線を画しつつ、常に上質な長足のシルクベルベットの起毛を指でなぞるようでもあり、あちらではきめ細かくしっかりとした厚みに織り込まれたツイードのぬくもりのようでもあり、こちらでは突如としてインパクトを与える差し色の強烈さも備えて、遊び心満点のアクセサリーで悪戯的に魅了して、にも関わらずそれらを押し付けがましくされる事など一分も無く、気づけば残り香に変えて姿を消したりと。

 なぜ残り香になるのか、なぜその香りを追ってしまいたくなるほどの余韻なのか、答えは簡単な話で、主演も助演も脇役も何から何まで行き届いた意識にコントロールされた丁寧な装いだからでしょう。だから私は数々の無数の残り香を脳で記憶してその余韻が脳内で共鳴し続ける事で、オイルの施術で深められてくる筋肉の奥深くにまで届くためのもう一つの開錠に確実に導かれていて、そうすると何が起こるかというと、勝手に炙り出されるのです、どこの部位が凝っているのか、固まっているのか、隠れて苦しんでいるのか、自ずと私の体が伝え始めるのです。そして彩月さんは探す手間を省けると同時にそこを優先的に捉え始めるのです。何とも理にかなった事でしょうと感動しかありませんでした。限られた施術時間の中でメンエス的な客の期待に常に応えながらも実はそれらは全て解しへの道程で、同時に問題部分を探す時間を短縮して十分に満たされた先に辿り着いたのは、必要最低限かつ最重要な数カ所の圧倒的な解しの時間でした。

 指の、筋肉への圧力は途方もなく心地よく重厚にも関わらず深く的確に求めていたものを鷲掴みにして穏やかに去ってゆく。もの凄く的確に意思を持って押して潜って流れて去る。こんな筋肉の解され方のアプローチをされたのはメンエスでは初めてで、いとも簡単に私のコリと溜まりは解消されてゆきました。ふくらはぎの解しでここまで安心して委ね切った快楽に導かれたことなどかつてありませんでした。もはや涅槃に達したかの状態なのですけれど、心の中では何だこれはの連続でした。

 今さらですがこんなシーンは彩月さんの小悪魔が顔を出した瞬間の一つでしょう。やっぱ言いたい。脇腹への寄り道する時、いえ、寄り道なのではなくもう方程式をカスタマイズされていたのでしょう。私の呼吸を見計らってアバラが浮かび上がった瞬間に合わせてのせる様に指先と手の平が肋骨に沿って一筋ずつ滑り降りてくるのです。うつ伏せでも、仰向けでも。うつ伏せの時のそれは、浮いてしまうねじれてしまう上体によって生じるマットとの隙間空間から、彼女は背後から胸や首を狙っていますよ、と、上品な手触りの圧で行き先を示すベクトルを意思表示しながら宣戦布告しては間髪入れず襲ってきました。そうして何事もなかったかの様に踵を返して肩から腕へ回り込みながら体を背中に寄せ付けては顔を耳元へ存在させます。仰向けであれば、足元からゆったりと滞ることなく上り詰めてきて、腰回り辺りで静止して視られ、吸って胸に空気をためて腹が凹んでアバラが浮き彫りになったらそこへ間髪入れずに訪れて吐きながら凹凸をなぞりつつ背中が浮いたら背後へ手の平を回し込み微細な触手で感覚させてさらに反らせ空間を確保した後に手をしっかりと収め落ちゆく体の重みを利用して肩甲骨や背骨側道を押し込んでゆき、落ち切ったら改めて上へなじり戻り胸元をいじり始められて、私は、文字留(R指定的事由)

◇◇◇

 仕舞いは最近学んでいるという、クラニオ。RANDさんのセラピさんの間で流行っている様子がTwitterで伺えていて気になっていたのですが、ついに。

 まずはアーユルヴェーダ的に額の表面をあの手の平で左右へと撫でてゆかれました。これがまた意識の集中が催されて、しかも脳がクリアーに浄化されてゆく感覚を覚えました。いわゆるサードアイへの道。(気持ち良すぎてずっとやってて欲しい)

 
 それから後頭部を両手で抱えられました。抱っこされる様に。ヨガでも体を柔らかくする魔法の準備として頭蓋骨と首の接合部あたりの名前は覚えてないけどその辺りを解すと気持ち良いみたいのがあってそこをアサナ前にマッサしたりするのですが、そういうのではなくて、両手で抱き抱える感じでした。ゆりかごに寝かしつけられる様な感覚。もちろん覚えていませんが潜在記憶としてあるはずです。

 そしてすみません、秒でオチてしまいました。

 ハッと起きた時に、彩月さんは待っていてくれました。ここは正直記憶が定かではないのですけれど、ゆったりと私にまたがってからなのか、ゆっくりと傍から抱き抱えるようにされたのか、体を起こして下さいました。そうして少なくともここの記憶はハッキリしていて、私の伸ばした両足に跨りながら、ハグを。

 このまま瞑想に入ったらもしかしたら戻って来れなくなるんじゃないかと思うほどのメンエス的プラーナが巡りまくって尋常ではないほどの至福に満たされました。

 シャワー準備で、タオル敷きのバージンロードはタオルが最後微妙に足りずに笑えました。背中を丁寧に流して下さり、少し目が覚めてきて体をシャワーで整えて部屋に戻って着替えて改めてホワンと落ち着いたところ、柿を用意して下さっていました。施術前はジンジャーティーをお願いしてポカポカになったので、今度は温かなカモミールティーをお願いしました。晩秋に今年初の柿は甘くて美味しく瑞々しくどこまでも実りの秋で喉を通る柿の汁と甘味と肉の感触は、こうした施術の後のご褒美でしかありませんよね。彩月さんは自然食品などが好きな事はTwitterで垣間見れていて、そんな食って大事だよね話や、キャンプの話など、オモロイ雑談が楽しくて。もともとファッションの世界に長けている方なので、そうした背景があの上品な美意識施術に反映されていたのかなぁなどと思ったりしました。加えてもしやあの時会ってたかもね、みたいな話も面白かったです。お互いに初顔合わせでしたけれど、最初に玄関扉開けた瞬間の第一印象は、あれ、どこかで会った事あるんじゃない?でしたね笑。それとTwitterでデッサンが長く続いていらっしゃる趣味的な話も呟かれていたので、実は施術後にササっと描いてもらってアップ出来たらなどと目論んでいたにも関わらず、肝心の道具を忘れてしまいました。でももしかしたら今後はそんなサービスというか遊びも登場するかもしれませんので楽しみです。忘れてならないのは大のビール好きで、Twitterでは色んなビール写真がとても綺麗に並んでいますので、そちらに興味ある方はそんな楽しみ方もあるでしょう。

 いやぁ、もう、感服無量でした。

 彩月さん、有難うございました。

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